前回、釜山の領事館前に慰安婦の像が建てられたエントリーを書いたのですが、それに関して慰安婦についてちょっと述べてみたいと思います。
慰安婦の強制連行について韓国の人達が主張している話を聞くと疑問に思う点が1つあります。それは日本が太平洋戦争で敗れて植民地を失い、韓国は解放されるということを前提に慰安婦の話が語られていることです。
どういうことかと言いますと、まず当時の韓国は戦争中の占領地ではなく30年以上も日本に併合され統治された日本領であったことです。ここがフィリピンやインドネシアなどの占領地と違ってます。
日本はインドネシアの占領地でオランダ人の女性を慰安婦として強制動員させ、その件について戦後彼女たちに謝罪と賠償をしていますが、それは占領地であったことが関係しているでしょう。占領地では占領軍による略奪は横行します。例えば義和団の乱ではイギリスのインド人部隊の北京での略奪は凄まじいものでした。
しかし、朝鮮半島は30年以上に日本に支配された日本領であり日本の警察機構の支配が行き届いていた地域です。戦闘が発生していない完全に平時の状態の地域です。自国領内で誘拐・略奪するバカはいないでしょう。少なくとも警察に対して軍の行動を黙認しろという命令が通達されていなければ、各地で通報が相次ぎ警察沙汰になっていたでしょう。
韓国の話では「20万人の女性が慰安婦として動員された。場合によっては日本兵に強制連行されて慰安婦にされた」と述べていますが、当時の朝鮮の人口は Wikipedia(日本本統治時代の朝鮮)によると約2000万人です。つまり割合で言うと朝鮮人の100人に1人、つまり人口の1%が慰安婦となりました。
ただし、慰安婦は女性でありかつ若いという条件がありますので、20歳前後の女性の慰安婦の率はグッと高まることになります。女性の人口1000万人の内で仮に慰安婦の適齢年齢の女性が200万人いたとなると慰安婦の割合はその年代では10%近くに高まります。
当時の日本は朝鮮半島を恒久的に日本の領土として併合し、最終的には朝鮮人も日本人に同化させようとしておりました。戦争で負けて朝鮮を失ったから問題になりませんでしたが、もし朝鮮を失わなければ戦後にこの若い朝鮮人女性に対して行われた性的な強制動員は朝鮮社会において大問題になったでしょう。
そう考えたら日本軍が個人の独断ならまだしも組織的に朝鮮でそのようなことをするとは考えにくいですし、するのであれば同じく植民地であった台湾でも女性狩りを実施をするはずです。(しかし台湾との間には慰安婦問題はありません)
政府や軍は1919年の三・一独立運動にショックを受けて以来、それまでの強圧的な武断政治から穏健な文治政治へと朝鮮における植民地政策を変更してきました。そんな中で朝鮮人女性の性的な強制動員が行われたとなればそれこそ三・一独立運動以上の民族運動が巻き起こることは容易に想像できます。
植民地を放棄すると考えていたならまだしも、朝鮮を失うことを考えてなかった政府や軍がそんな中でこの様なことを容認するとは到底思えないのです。つまり現在の韓国における慰安婦の強制動員の話は戦後に朝鮮は解放されるという事実を元に逆説的に話が成立しているのだと思えるわけです。
その他にも軍が新聞記事を使って慰安婦の募集を行っている広告なども見られるのですが、強制連行された慰安婦たちと自発的に給料を貰って働いている慰安婦が、中国本土やフィリピンなどの慰安施設で一緒になって働いていたのかという疑問も湧きます。
志願者であるプロの慰安婦と慰安婦狩りや強制動員された慰安婦は一緒にならないように別々の施設で働かされたという考えもありえるかと思いますが、20万人も慰安婦がいたら間違いなくゴッチャにならざるをえないでしょう。というか、そこまで慰安婦をちゃんと整理できたら逆に凄いですよね。
それとたまに知らない人がいますが、慰安婦は韓国人だけではなく日本人や台湾人(全員日本人ですが)また中国人なども働いており、そういった意味でも雑多な人達の中に強制連行された人々が混じっていたのは凄いなと思ったりします。
つまり、まとめると慰安婦のストーリーは日本が戦争で負けて戦後、韓国は独立するという話が前提で語られています。したがって、日本兵はやりたい放題なのですが、当時は朝鮮を失うかどうかわからない状態なのに、併合地である韓国内で植民地経営を破綻させる可能性のあるそんな破天荒なことできないだろう。
という話でした。